三にんぐみとジョーリュースイ

 <きょうは、どこであそぼうかな>と、のんちがかんがえながら、かばんをおいたところへ、よっちが「あそべる?」といって、もうやってきました。
 のんちが「あそべないよ」と言うことはないのに、よっちはいつもそういってくるのです。
 ふたりで、おせんべをかじりながら、外へでたとき、ハアハア息をはずませたまっちんと、ばったりであいました。
「いいもの見つけたんだぞ。ふたりとも早くこいよ」と、いうと、まっちんはすぐにあき地の方へ、すっとんでいきました。
 屋根のうえでは、ヒューと風がうなり、二階のベランダでせんたくものがおどっています。
 よっちはすぐにまっちんにつづき、そのあとからのんちが走りました。
 あき地ではカシャカシャカシャと、かれたかやの葉をこすりながら、風が走りまわっています。
 空の雲は、冷たい風にふきはらわれて、お日さまだけが春の色です。
 まっちんは、かれた草原のまん中へんで、頭をかれ草につっこむようにしゃがみこみました。
 いいものを見つけるのは、いつもまっちんです。
 <なんだろ>と のんちが後から近づくと、
「こりゃ 花火だよ」
「そうなんだ」
と、よっちとまっちんがつづけていいました。
 このあき地は、広いので、花火の場所になっていました。去年の夏にだれかが忘れた花火なのでしょうか。


 それにしても、こんなでっかい花火は、見たことがありません。
 のんちがびっくりしていると、まっちんは、目をクリクリかがやかせて いいました。
「火をつけて見ようぜ!」
「こんな風の日に、だめだよ」
と、のんちがいったときは、まっちんはもう、マッチをとりに行っていました。
「あそこのブロックのへいのそばなら、だいじょぶだよ」
 よっちのさしずで、じゃり道にそった長いブロックのへいに、三人はその花火をもってよりました。のんちが点火口のあたりをちょっとはがすと、用心しながら
「それ、つけるぞ!」
 まっちんは、はり切ってマッチをすりました。が、最初は、棒がおれてしまいました。
「チェッ!」
「もっとゆっくりすれ!」
「それ!」
 こんどは箱のおくすりに白いすじがついただけ。
「こいつめ、もういっかい!」
「あっ、ついた!」
とおもったらすぐに風にふきけされてしまいました。
<失敗してたいへんなことになったらどうしよう。火あそびしたら、おねしょをするとおばあちゃんがいってたけど、だいじょうぶかな>


 のんちが心配しながら、まっちんの手もとをみていると、
「それ、おまえら、花火をしっかりもってろ、おれがやってやる!」
と、よっちがのりだしました。
 よっちは、学校やうちではちゃんと「ぼく」といっているのに、外であそぶときは、ときどき、おれとかおまえらとからんぼうな口をきくのです。
「うん、たのむ」
 まっちんは、両手でしっかり花火をつかみました。
 のんちは、こわごわはしの方をつかみました。
 よっちは、器用にシュッとマッチをすると、片手で風をよけながら、花火に近づけました。
 もあーと、少し白い煙が出はじめました。
「動かすな!」
 よっちは、もう一本マッチをすばやくつけると、片手で花火をつかみ、マッチの火をジーと近づけ、先をにらんだまま。
 パチパチジュ。
 なかなかシューシューと火花が出て来ない。
 のんちは、こわごわつかんでいた手に力を入れました。
「しけってんのか?」
と、よっちが、フーと息をふきかけたそのときです。
 なにがどうなったのでしょう。
 あの音は、どんな音だったのでしょう。
 耳たぶのすぐそばを、ものすごい大きなものが、ものすごい勢いで通りすぎたような、雨戸くらいの板でおしりをぶたれたような、のんちは、一しゅん気をうしなってしまいました。


 体がすいすい浮きあがるような感じがして、気がつくと、さっきのブロックのへいとじゃり道が、ずーんと足の下に小さくなってはなれていき、よっちと、まっちんと、のんちの三人は、一かたまりになって何かにしがみつき、シュルルル…………と空の方へ高くあがっていっているのです。
「よっちのんち、どうしたんだ、どうなってんだ?」
 まっちんが、わめきました。
「こわいようー、目がまわるようー」
 のんちは、半分べそをかきました。
「おい、みんな、花火がロケットになったぞ。手をはなさないように気をつけてロケットにまたがれ。だいじょうぶだから」
 一番前にまっちんが、つぎにのんちがしがみつき、うしろによっちがまたがりました。


「ひゃーたまげたあ。しんだかとおもったよ」
「まっちん、あんまりうごくなよ。おっこちるよ」
「おい、あれをみろよ。学校がプラモデルみたいだよ。バス通りにミニミニカーが並んで走っているよ」
 三人が、下を見おろしている間も、花火ロケットはどんどん高くあがって、やがて空の上にきてしまいました。
「あーあ、家も見えなくなっちゃった。ぼくたちどこまでいくんだい」
 一番先に心配しはじめるのは、いつものんちです。
「いいから、いいから、どんどんいって見ようぜ」
 まっちんは大はしゃぎ。
「シーッ、ちょっとだまれ。だれかいるぞ」
 よっちがいうと、三人は耳をすましました。
「ケッション、ケッション、ケッチン」
 どこからともなく、みょうな音というか、声がきこえてきました。
 そして、ロケットはスッととまってしまいました。
 三人は、寒いところでハダカにされたように、キュッときんちょうしました。
「ダレナンダ」
 よっちが、小さな声でききました。
「ケシュン、ケシュン」
 こんどは、耳のすぐそばで聞こえます。
 かわいい声です。
「だれ!!!」
 三人の声が一しょです。
「ぼく、エアッポ、空気の子どもだよ。ケシュン。こないだからカゼをひいてなおらないんだよ。ケシュン。ぼくいつもきみたちとあそんでいたよ。だけど、カゼがなおらなくてこまっているんだケシュン」
「空気のこども?」
「ぼくらとあそんでいたって?」
「カゼをひいたんだって?」
 三人はエアッポがどこにいるのか見えないので、てんでな方向にむかってききました。
「そうなんだよ。近ごろ空がカラカラにかわいて雨が降らないだろうケッチン、ケシュン。だからカゼをひきやすいんだよケシュン」
「ふーん、空気の子も人間の子どもと同じかあ」
 のんちは、おかあさんが、「このごろ空気がカンソーしていてカゼをひきやすいから、よくうがいをするのよ」といったことをおもいだしました。
「うがいをするといいんだよ。ぼく、いつもしてるからじょうずだよ」
 のんちは、エアッポにおしえてやりました。
 すると、エアッポは、
「そうだよ。ぼくだって一回うがいをすればすぐなおるんだよケシュン。だけど毎日かんそうしてスイジョーキがないからうがいできないんだよ、ケシュン」
「え?スイジョーキでうがいするの?」
 まっちんは、目を一番大きくしてクリクリさせました。
 カゼをひいた空気の子は、雨がふるまで空の上でじっとしていなければいけない、それは、やたらと下におりていくと人間が全部カゼをひくからだということ、空では、みんなこのきまりを守っていることを、エアッポは、セキとクシャミをしながら話してくれました。そして、スイジョーキを集めて、ジョーリュースイを作り、それでうがいをすればすぐにカゼがなおって、また三人とあそべるのにーとざんねんそうでした。
 さっきから頭のよいよっちがかんがえこんでいます。
 そして、
「ジョーリュースイをおれがつくってやる!」
と、いったのです。
 よっちは、やかんや、おなべから出るゆげがスイジョーキで、それがひえたらジョーリュースイというきれいな水になるということを知っていました。
「よし、おれたち三人にまかしときな!」
 よっちは、テレビの正義の味方のような口ぶりでいいました。



 次の日、よっち、まっちん、のんちは、まっちんのうちの倉庫へあつまりました。
 まっちんのおとうさんは、左官やで、この倉庫は、おくにセメントの袋がつんであるだけで、夜トラックが二台帰ってくるまではガランと広くあいています。
 ここならジョーリュースイを作る場所にもってこいです。風がこないから火をつかって安心、何よりも、バタンと戸を閉めてしまえばだれにも見つからないので大安心。



 次の日、のんちのうちからもってきたキャンプ用のコンロにおなべをかけ、おゆをわかしてスイジョーキを作り、 ジョーリュースイをとろうという計画です。できたジョーリュースイを入れる一しょうビンも用意してあります。
「スタンバイオッケー。ヨーイスタート」
 のんちは、いつもののんちらしくなく、おどけて元気一ぱいコンロに点火しました。
 三人は、地べたにはいつくばり、おなべの中をうかがいます。
「シューン」と、かすかなおゆの音がきこえるまでの長かったこと。
「それ!」
 おなべのふたをとろうとしたまっちんは、「だめだよ!」とよっちにその手をたたかれました。
「だめだよ。もっとグラグラいわなくちゃ。それにみんな手をあらって!バイキンをまぜたらエアッポはもっとひどい病気になるんだぞ。そのビン、おれがも一かい洗ってくるからな」
<なるほど、さすがはよっちだ>
 手をあらったふたりは、つぎのさしずをまちます。
「のんち、グラグラしてきたからフタをもちあげろ。ゆげが一ぱいついているだろ。まっちん、そのビンにそいつを入れるんだ。のんち、そっともっていけ」
 のんちが、うらにゆげのついたふたをそろりと一しょうビンの口にちかづけたとき、
「あっち・ち・ち・ちー」
 まっちんが手くびをふりふりとびあがりました。
「ゆげが、ひっかかったじゃないか」

 よっちはかんがえました。
<ビンの口を広げよう。ジョーゴをつければいいんだ>
 のんちも、いいことをかんがえました。
<あがってくるゆげが、ふたについて、おちるところへジョーゴをおけばよい>
 そこで、のんちがおゆの上でふたをもち、ふたからぽたりとおちるしずくを、よっちがジョーゴでうける。ジョーゴの下に、まっちんが一しょうビンをあてがう。三人それぞれのしせいでしずくを待つ、ということになりました。
 ぽとり、と、おちた。しばらくしてまた、ぽとり、ぽと。
「あ、もったいない、一しずくこぼれた!」
「ぼくの手があつくなってきたようー」
 のんちがひめいをあげました。
「よし、かわってやるよ。どのくらいたまったかな」
 よっちは、一しょうビンのそこを見ました。
「なんにもたまってないよー。まわりがぬれてるだけだー」
「これじゃ一ぱいにするのに一生かかっちゃうよ」
 よっちは、またかんがえこみました。
<ふたのまわりからゆげがにげる。もっと大きいふたをかぶせよう>
 ちょっと一やすみしたところで、のんちがいいました。
「くらくなってきたよ。また、あしたにしようよ」
 夕日はしずみ、とおくの山が黒くてはっきりと見えています。あしたも、カラカラの上天気なのでしょう。


 つぎの日から、みんなそれぞれのちえとどうぐを出しあって、うまくやりました。
 おなべより大きくて、ぼうしのようなふたを、おゆの上に少しかたむけて、ひもでぶらさげる。そして、しずくがおちるところにビンをおく、というしかけです。
 こうして、三人は手を使わなくてもオートメーションでジョーリュースイを作れることになりました。
 二日目は、コップに二はい分できました。
 三日目には、ビンのはんぶんまでできました。
「エアッポが待ってるよ。このくらいで持っていこうよ」
 まっちんがワクワクしていいました。
「すぐ一ぱいになるよ。たくさんもっていった方がいいよ」


 そして、六日後とうとう一しょうビンは、ジョーリュースイで一ぱいになりました。
 ビンにポンとふたをして、さあ、いこうといったところで、三人ははっと顔を見合わせました。
「どうやって持っていく???」
 さて、困りました。
 一しょうビンをまん中にして、三人は首をかしげて、まゆをよせました。さすがのよっちも、うでぐみしたまま、困りました…………。
「もしかしたら……もう一回花火が見つかるかもしれないぞ」
と、まっちんです。
「またあそこへいって見よう」


 きょうのあき地は、この前とはちがって風がなくシンとしています。お日さまのかげはなく、大きな雲が空をおおっていました。
 三人は、ガサガサとさがしはじめました。たおれたかやをおしのけ、紙くずをはらいのけ、土のかたまりをほじくり、この前みたいな花火をもう一度見つけようと一しょうけんめいです。
 そのうち空の雲が、だんだんさがってきたようです。
 ぽつん、と一つぶ、のんちのおでこにおちたのは雨です。雨なのです。
 ぽつり、ぽつり、そして、あっという間に、雨はザーザーふりはじめました。
 三人は、倉庫にひきあげました。
「チェッ!」
と、まっちんが、つばきをとばしていいました。
「雨がふったんじゃこいつも、もういらないな」
 よっちは、だいじに一しょうビンをかかえていいました。
 のんちは一ぺんにおなかがすいてきて、ペタンとすわりこみました。そして、
「ぼく、そのジョーリュースイのみたいよ」
と、いったのです。
「そうだ。みんなでのもうよ!」
と、ジョーリュースイのさかもりが、はじまりました。
「エアッポもカゼがなおってあそびにきてくれるだろ」



「うーい、よっぱらったぞー」
 まっちんは、よっぱらいのまねをして、足をふらふらさせながら倉庫の中を歩きまわりました。
 のんちは、ポケットからおせんべを出して、ポリポリ、ガブガブと、いそがしくのんだりたべたりしています。
よっちは、やけっぱちで、その水をゴクゴクのみました。

 その次の日も、朝からずーっと雨でした。
 そして、よっちの家にも、まっちんの家にも、のんちの家にも、のき下に一枚ずつふとんがほしてあったのです。


昭和四十八年三月一日発行 土の花 作品第十五集 掲載